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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1543号 判決

控訴人 株式会社山吉商店

被控訴人 本田政子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。訴外坂本明三郎が昭和三〇年一一月三〇日別紙目録記載の不動産につき被控訴人との間にした売買契約は、控訴人と被控訴人との間においてこれを取り消す。被控訴人は控訴人に対し、右不動産につき昭和三〇年一一月三〇日東京法務局台東出張所受附第二五六一六号をもつてなされた同日附売買による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、控訴代理人において新たに甲第一一号証を提出し、被控訴代理人においてその成立を認めた外、すべて原判決中事実の部の記載と同一であるから、これを引用する。

理由

当裁判所は、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきものと認める。その理由は、左記(一)ないし(四)の訂正および補充を加える外、すべて原判決理由と同一であるから、その記載をこゝに引用する。

(一)  原判決理由中、同判決書五枚目表二行目に「被告に対し右建物の所有権移転登記を為した」とあるのは、「右仮差押登記の抹消登記手続をした」の誤記と認められるので、右のとおり訂正する。

(二)  訴外坂本明三郎と被控訴人との間に別紙目録記載の建物(以下本件建物という)の売買契約が成立したのは、昭和三〇年一一月三日または遅くとも同月一四日である。すなわち、原審証人桝本行弘の証言により真正に成立したものと認める乙第一号証ならびに原審証人桝本行弘、関島文市および本田稔の各証言によれば、訴外桝本行弘および関島文市の両名は、被控訴人の代理として、昭和三〇年一一月訴外坂本方において同人との間に、本件建物を代金百三十七万五千円で買い受けること、内金五十万円を手附金として支払うこと、同月二一日までに建物の明渡を受け、移転登記手続は同月二五日にすること等を約し、有り合せの便箋に右契約条項を記載した覚出を作成し、更に坂本に乞うて右建物の権利証を見せて貰い、右建物に担保権の設定等がない事実をも確めた上、即座に前記手附金の内金五万円を支払つたが、一方坂本も、以上の取引が済むと、右建物にそれまで貼つてあつた売家の貼紙をはがして了つた。次いで同月一四日、右訴外人両名は、あらためて坂本方に赴き、残代金の支払方法、登記手続費用の負担その他の細目について取り決めをした上、それらの一切の契約条項を記載した契約書(乙第一号証)を作成し、これを相互に取り交すと共に、前記手附金の残額四十五万円を支払つた。-という事実を認定することができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。以上の事実によれば、本件建物の売買契約は、昭和三〇年一一月三日すでに成立したか、仮にそうでないとしても、同月一四日には成立したものと認めるべきである。なお、乙第二号証は、坂本から被控訴人に宛てた本件建物の売買に関する「不動産売渡証」と題する書面であつて、その日附は昭和三〇年一一月三〇日と記載され、これによれば、あたかも右の日に売買契約が成立したかのようであるか、前記桝本証人および原審証人山田四郎の各証言によれば、右書面は、同日前記売買契約に基き所有権移転登記手続をするに当り、司法書士山田四郎が当事者の委託に基き登記原因証書にあてるため作成したものであることが認められ、かかる場合の証書は、その日附等必ずしも真実のそれと合致せず、むしろ便宜に従つて記載されるのが一般であることは、当裁判所に顕著な事実であるところ、この事実と前記各証人の証言とを総合すれば、乙第二号証の前記日附もたまたま登記手続の日附に合わせて記載されたものにすぎないことが認められるから、同号証は、何ら前記判断の妨げとはならない。

(三)  訴外桝本および関島が本件建物に対し控訴人主張の仮差押がなされている事実を初めて知つたのは、昭和三〇年一一月二五日であること、および本件売買契約の成立当時被控訴人およびその代理人が右売買により坂本の債権者が害されることを全く知らなかつたと認めるべきことは、原判決の説示するとおりであつて、甲第一一号証その他本件にあらわれたすべての資料によつても、右認定をくつがえすことはできない(ちなみに、原判決理由中、被控訴人およびその代理人が本件建物の売買により坂本の債権者が害されることを全く知らなかつたとの説示部分は、その知らなかつた時期について明示しないが、判文の前後を通読すれば、少くとも昭和三〇年一一月三日または同月一四日当時においてはいまだこれを知らなかつたとの趣旨を含むことは、自ら明らかである)。

(四)  債務者が他に債務を弁済するに足りる資産がないのに、債務弁済の意思なくその所有の不動産を他へ売却し、消費し易い金銭に替えたときは、その行為は、民法第四二四条所定のいわゆる訴害行為に当ることはいうまでもない。しかしながら、同条但書によれば、債務者の詐害行為も、受益者または転得者が「其行為当時」債権者を害すべき事実を知らなかつたときは、同条の取消権は成立しないものと定められているところ、右にいう「其行為当時」とは、売買の場合にあつては、売買契約成立の時をいい、代金の支払または登記手続等その履行行為の時をさすものではないと解するのが相当である。けだし、同条但書の規定は、債務者の詐害行為に対して一般債務者の正当な利益を擁護するため債権者に付与した取消権も、善意の第三者を保護し、取引の安全をはかるため、受益者または転得者が善意である場合には成立しないものとし、もつて右の取消権に一定の制約を加えようとする趣旨のものであるから、前記の場合において、買主が売買契約の成立当時善意であつた以上、たとえその後の履行行為の時には悪意に陥つていたとしても、債権者はもはや取消権を取得しないものと解することが、よく右但書の法意にそう所以と解されるからである。そうであるとすれば、前記(二)、(三)に認定のように、被控訴人およびその代理人が本件売買契約の成立した昭和三〇年一一月三日または同月一四日当時右売買により坂本の債権者が害されることを知らなかつた以上、その後の残代金の支払および移転登記手続の日(同月三〇日であることは原判決認定のとおりである)よりも前である同月二五日本件建物に対する仮差押の事実を知り、しかも、仮に、右事実を知つたことにより、本件売買により債権者が害されることをも知つたものと認められるとしても、もはや控訴人のため同条の取消権は成立しえないものと解する外はない。いわんや、被控訴人およびその代理人が右仮差押の事実を知つたからといつて、それだけで直ちに債権者が害されることをも知つたものと認めるべきでないことは、いうまでもないところである。

以上のとおりであるから、控訴人はその主張の取消権を有しないとして、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がなく、これを棄却すべきである。よつて、控訴費用は敗訴の控訴人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥田嘉治 牧野威夫 青山義武)

目録

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